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東京高等裁判所 昭和41年(う)2155号 判決

主文

被告人三名に対する原判決を破棄する。

被告人羅在徳を懲役八月に

被告人一杉環を懲役一年に

被告人渡辺源作を懲役十月に

処する。

理由

本件各控訴の趣意は、被告人羅在徳については弁護人伊藤利夫、同足立憲英共同名義の控訴趣意書(控訴趣意補足書を含む)に、被告人一杉環については弁護人江川六兵衛、同持田幸作、同山田滋、同柴田徹男共同名義の控訴趣意書要旨と題する書面に、被告人渡辺源作については弁護人松尾翼、同古谷明一共同名義の控訴趣意書にそれぞれ記載してあるとおりであるから、いずれもここにこれを引用する。

被告人羅在徳の弁護人伊藤利夫、同足立憲英の控訴趣意第二点、被告人一杉環の弁護人江川六兵衛、同持田幸作、同山田滋、同柴田徹男の控訴趣意第一点、被告人渡辺源作の弁護人松尾翼、同古谷明一の控訴趣意第一点の各論旨について。

よって案ずるに、原判決の挙示した関係証拠を総合すれば、原判示一、同二の(1)、(2)の被告人渡辺源作の各弁護士法違反の事実、原判示三の(1)の被告人一杉環の弁護士法違反教唆の事実、原判示四の被告人羅在徳の弁護士法違反教唆の事実をいずれも肯認するに十分であって、記録を精査し、当審公判廷における被告人渡辺の供述を参酌、検討しても、原判決の右各認定には、判決に影響を及ぼすことの明らかな法令の適用の誤乃至事実誤認を疑わせる事跡はいささかも存在しない。

即ち原判示一及び同三の(1)のパワーショベルの件に関しては、被告人一杉は原判示の福田自動車工業株式会社から買受けたパワーショベルにつき、同会社に他のブルトーザーとの交換又は買戻しの交渉をしたが、同会社においてこれに応ぜず交渉が難航したため、被告人羅及び同人を介し被告人渡辺に対し、謝礼を与える約束で示談解決方を依頼するや、被告人渡辺及び同羅はいずれも弁護士たる資格がないのにこれを引受け共謀のうえ、右福田自動車工業株式会社に示談交渉をすべく決意し、報酬を得る目的で、同会社代表取締役福田こと、李相基に交渉し、同人をして右パワーショベルを百八十万円で買戻すことを承諾させ、その頃右約旨を履行させ、よって被告人渡辺及び同羅は被告人一杉からその報酬として現金三十五万円を受領したことが容易に認められるのである。そして以上の経緯に徴すれば、被告人渡辺及び同羅の右の行為は、いずれも弁護士でない同人らが、報酬を得る目的で、一般の法律事件に関して法律事務を取り扱った場合に該当し、弁護士法七二条に違反したこと(原判示一の事実)及び被告人一杉は、弁護士でない被告人渡辺及び同羅をして、報酬を得る目的で、一般の法律事件に関して法律事務を取り扱うことを教唆した場合(原判示三の(1)の事実)に該当すること、はいずれも明白である。又原判示二の(1)のガソリン販売業兼井英雄の有限会社勝又産業に対するガソリン等の販売代金七十三万円余の件については、兼井としては、取立て困難な状況にあったところから、被告人渡辺にその取立て方を依頼するや、同被告人は取立て金の三割を報酬として受領する約束でこれを引受け、右勝又産業の代表取締役勝又千鳥に交渉し、同人からその一部弁済として現金五千円及び額面二十万円の約束手形一通を受領したことが容易に認められ、更に原判示二の(2)及び四の前記兼井が前記勝又に対する債権を確保するため保管中の普通乗用自動車の件については、もともと該自動車は勝又において被告人羅の斡旋により買受けたものであるところ、兼井から該自動車を借受けた杉山利一が運転中、交通事故を起してその車体を損傷したことにより兼井と杉山との間に損害賠償の問題を生じ、他方被告人羅においては該自動車が勝又から兼井の手に移っていることを知って同人にその返還を要求した事実も加わり、紛争を生ずるに至ったが、兼井は被告人渡辺に対し、謝礼を出す意図で、被告人羅と交渉して示談解決をしてもらいたい旨を依頼し、被告人渡辺はこれを承諾して被告人羅に面接の結果、同被告人は被告人渡辺に対し、謝礼を与える約束で、右損傷した自動車を杉山に約四十五万円で買わせるか、修理代十六、七万円を出させるように同人に示談交渉をしてもらいたい旨を依頼したため、被告人渡辺は杉山と交渉すべく決意し、報酬を得る目的で、右杉山に交渉し、同人をして修理代を含む示談金名下に二回に現金計二十万円を兼井の手を通じ又は直接羅に交付させ、被告人渡辺はその報酬として被告人羅から右二十万円のうち二万円及び兼井から現金一万円を受領したことが容易に認められるのである。そして以上の各経緯に徴すれば、被告人渡辺の右二回の行為はいずれも、弁護士でない同人が、報酬を得る目的で、一般の法律事件に関して法律事務を取り扱った場合に該当し、弁護士法七二条に違反したこと(原判示二の(1)、(2)の事実)及び被告人羅は、弁護士でない被告人渡辺をして、報酬を得る目的で、一般の法律事件に関して法律事務を取り扱うことを教唆した場合(原判示四の事実)に該当すること、はいずれも明白である。

ところで、被告人渡辺の各弁護人は、同被告人の本件三回にわたる行為については、いずれも当初から報酬を得る目的はなく、単に仲裁人の資格で行動したもの、或は俗にいう「頼まれ口」をきいてやったに過ぎないもので、すべて正当行為であると主張する。しかしながら、前記一連の経緯に現われた被告人渡辺の行動、役割に照らせば、論旨は採用の限りでなく、仮りに所論の如く、現在の民事訴訟事件手続において迅速な裁判を期待し難い実情にあるとしても、このことは、被告人渡辺の前記各行為を正当行為視すべき根拠となり得ないことは明白である。特に前記パワーショベルの件については、被害者的立場にある前記福田自動車工業の代表取締役李相基及び同会社々員榊原金幸の各捜査官に対する供述調書によれば、所論指摘の李相基において被告人渡辺らによる解決を喜んだという如き形跡は全くなく、却って同被告人らの威圧的態度によってやむなくパワーショベルを前記百八十万円で買戻すことを承諾するに至った事実すら看取されるのである。しかも本件の如き法定犯の場合においても、自然犯の場合と同様、犯意の成立に違法の認識を必要としないことは言をまたないところであるから、原判決が被告人渡辺の違法の認識の点について何ら言及していないからといって、所論の如く原判決の事実認定を論難することは当を得ないといわなければならない。論旨はすべて理由がない。

次に被告人羅の各弁護人は、縷々理由を述べ同被告人の原判示四の行為は教唆行為であるとするのは速断であるなどと主張する。しかしながら、被告人羅の被告人渡辺に対する依頼の趣旨が記録によれば、所論の如く単に「口添えを頼む」程度に止まるものでないことは明らかであるのみならず、前記認定の被告人羅及び同渡辺の各言動に照らし、被告人羅の教唆と同渡辺の行為との間に因果関係がないなどと主張し得べき筋合ではない。もっとも、所論中、被告人羅が、自己において売買の斡旋をした自動車が杉山によって損傷されたことに責任を感じ、その当事者の立場で杉山と折衝した一面のあること、被告人羅が被告人渡辺に言われて一時交渉の席を外したことなどは証拠上認められないではなく、又被告人渡辺が兼井から善処方を依頼されて交渉した一面のあることも既に説示したとおりであるが、これらの事実はいずれも、被告人羅の前記教唆犯の成立を認定するについて何ら妨げとなるものではない。論旨は理由がない。

更に被告人一杉の各弁護人は、「教唆犯が進んで正犯と共同して犯罪を実行したときは共同正犯の責を負う」旨を判示した大審院判例を引用し、被告人一杉が当初被告人羅及び同渡辺に対し示談解決方を依頼した行為について、仮りに弁護士法七二条にいわゆる「一般の法律事件に関して法律事務を取り扱った」違法行為の教唆犯の成立を認定し得るとしても、その後の経過において被告人一杉は被告人羅及び同渡辺と共同して示談交渉を成立させたものであるから、被告人一杉は羅及び渡辺と共同して弁護士法七二条違反の犯罪を実行したものというべきである。しかるに、同法七二条違反罪は同条の明記するとおり、「報酬を得る目的」を構成要件とする目的犯であるところ、被告人一杉の場合は、羅及び渡辺に対し、報酬を与える目的を有していたことはあり得ても、「報酬を得る目的」を有することはあり得ないから、同被告人の本件行為は前記法条の構成要件を欠き無罪たるべきものであると主張する。

よって案ずるに、弁護士法七二条違反罪が「報酬を得る目的」を構成要件とすることは、所論の指摘するとおりである。従って当該本人自身が示談交渉をなす場合は、報酬を得る目的ということはあり得ないのであるから、構成要件を欠くのみならず、それは自己の当然の権利防衛行為として法律上許さるべきものといわなければならない。しかしそれと同時に、何人といえども他人を教唆して犯罪を実行させることは、法の認める不罰の限度を逸脱するものとして許さるべきでないことは言をまたないところである。これを被告人一杉の場合につき考察するのに、現実には同人自身も羅及び渡辺と共同して本件示談交渉に当ったことは証拠上認められるのであるから、その行為自体は可罰性を欠くことは右説示に照らし当然といわなければならない。しかしながら、被告人一杉はこれより先羅及び渡辺に対し本件示談交渉を依頼し、同人らをして示談交渉をなすべく決意させ、そして示談交渉をさせたのであるから、被告人一杉が羅及び渡辺の本件弁護士法違反の実行行為につき教唆犯としての責を免れないことも前記説示に照らし当然といわなければならない。所論引用の前記判例は本件の場合適切ではない。論旨は採用の限りでない。

被告人羅在徳の弁護人伊藤利夫、同足立憲英の控訴趣意第一点の論旨について。

原判決が被告人羅の原判示一の事実と同四の事実とを処断するについて、法令の適用の項において刑法四五条前段等の併合罪の規定を適用していないことは、所論の指摘するとおりである。しかしながら、本件起訴状記載の公訴事実によれば、その文言の全趣旨に徴し、前記各事実は二個の併合罪として起訴されたことは明らかであり、又原判決を通読すれば、同判決は右各事実につき、二個の併合罪なる弁護士法違反罪及び同教唆罪の成立を認めたものと解するのを相当とする。しかるに、原判決がこれに対し刑法四五条前段等の適用を示さなかったことは妥当を欠くことは勿論であるが、しかし前記のとおり、既に原判決において二個の併合罪と認定したものと解される以上、右四五条前段等を適用処断したものであること、即ち併合加重された懲役刑の上限を懲役三年として被告人羅を処断したことは当然推認され得ることである。従って原判決において、かかる刑法の総則的規定の適用を特に明示しなかったとしても、これによって法令の適用を誤った違法があるとはいい難い(昭和三〇年一一月一日東京高裁第一一刑事部判決、高裁刑事裁判特報二巻二一号一、一三三頁以下参照)。結局論旨は理由がない。

被告人羅在徳の弁護人伊藤利夫、同足立憲英の控訴趣意第三点、被告人一杉環の弁護人江川六兵衛、同持田幸作、同山田滋、同柴田徹男の控訴趣意第二点、被告人渡辺源作の弁護人松尾翼、同古谷明一の控訴趣意第二点、各量刑不当の論旨について。

記録上認められる被告人三名の本件各犯行の動機、経緯、態様、特に弁護士法違反、同教唆の各犯行の具体的内容をみるに、被告人らの言動中には暴力団の行為に類する脅迫乃至恐喝的一面すら散見される点等に照らし、いずれも犯行は悪質といわなければならない。しかも被告人らの前科歴は、同人らが法尊重の精神に甚だしく欠けること及び平素の生活態度において極めて乱れたものがあることを示して余りあるものというべきである。以上の事情を総合考察すれば、原判決の被告人らに対する量刑は必ずしも過重であるとはいえない。しかしながら、当審における事実取調の結果によれば、被告人羅については、被告人一杉から受領した報酬十一万円を同人に返還した事実及び杉山利一から受領した金員中、自動車修理代を超える七万百円を同人に返還した事実が認められるほか、被告人羅の父羅聖九、被告人一杉の妻一杉せき子、被告人渡辺の妻渡辺春子の各当審公判廷における供述並びに各所論中、被告人らに利益な情状を参酌、考量すれば、原判決の被告人らに対する量刑はいささか重きに過ぎるものと認めざるを得ない。結局量刑不当の論旨はいずれも理由あるに帰する。

よって、本件各控訴はいずれも理由があるので、刑事訴訟法三九七条、三八一条に則り被告人三名に対する原判決を破棄し、同法四〇〇条但書に従い、当裁判所において更に次のとおり判決する。

原判決の適法に認定した被告人三名に対する各罪となるべき事実中、弁護士法違反の点は弁護士法七二条、七七条、罰金等臨時措置法二条に、弁護士法違反教唆の点は弁護士法七二条、七七条、刑法六一条一項、罰金等臨時措置法二条に、恐喝の点は刑法二四九条二項、一項に、窃盗の点は同法二三五条(以上のうち共謀にかかる部分については更に刑法六〇条)にそれぞれ該当するが、被告人渡辺源作については、昭和三九年九月二一日静岡地方裁判所沼津支部において傷害罪により懲役六月に処せられ、昭和四一年四月二六日確定した裁判があり(静岡地方検察庁沼津支部検察事務官作成の昭和四一年五月一七日付前科調書によって認める)、同被告人の本件各犯行は右確定裁判にかかる罪と刑法四五条後段の併合罪の関係にあるので、同法五〇条によって未だ裁判を経ない本件各犯行について処断する。ところで、本件弁護士法違反、同教唆の各罪については、所定刑中、いずれも懲役刑を選択し、被告人羅の以上の弁護士法違反、同教唆の各行為は刑法四五条前段の併合罪の関係にあるので、同法四七条本文、一〇条によって犯情の重い原判示一の罪の刑につき法定の加重をなした刑期の範囲内において同被告人を懲役八月に処し、被告人一杉の以上の弁護士法違反教唆、恐喝、窃盗の各行為は刑法四五条前段の併合罪の関係にあるので、同法四七条本文、一〇条によって犯情の重い原判示三の(2)の恐喝罪の刑につき法定の加重をなした刑期の範囲内において同被告人を懲役一年に処し、被告人渡辺の以上の各弁護士法違反の行為は刑法四五条前段の併合罪の関係にあるので、同法四七条本文、一〇条によって最も犯情の重い原判示一の罪の刑につき法定の加重をなした刑期の範囲内において同被告人を懲役十月に処することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長判事 三宅富士郎 判事 江碕太郎 石田一郎)

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